建築 雑コラム 11
Architecture The s Column
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畳(たたみ)
畳は唯一日本のみで使われる建材で、和室には欠かせない床材です。
保温性があり、直接肌に接触する触覚感もよく、適度な摩擦の歩行感もよく、座る文化での最高の床材と思っています。(2012.12.15)
畳の和室(2012.12.16)
畳は平安時代の寝殿造り(しんでんづくり)では板の床に部分的に敷かれて使われていました。
(現在放送されているドラマ「平清盛」にて後白河上皇が座っているのが畳のルーツ)
室町時代の書院造り(しょいんづくり)以降部屋全体に敷き詰められるようになりました。(2012.12.17)
畳の構成は畳床(たたみどこ)と、それを包む畳表(たたみおもて)と、二辺の木口を保護する畳縁(たたみぶち)で作られています。
畳床は昭和50年代くらいまでは稲わらを縦横に重ね30p位の高さの物を圧縮して縫い合わせて5cm位の板状にした物でしたが、
田で農薬を使い、またコンバインで採り入れるようになって稲わらも裁断されて稲わら自体も少なくなりましたので
現在はほとんど従来の畳床は生産できなくなりました。(2012.12.18)
現在では農薬に影響されない稲わらの畳床はとても高価な物になりました。
従来の畳床は保温性も高く、給放湿性もあって、歩行感も良いものでした。
現在はインシュレーションボードや、スタイロフォームなどで出来た畳床がほとんどで化学畳と呼ばれていますが
従来の畳とは似て非なるもので保温性、給放湿性、歩行感、も劣ります。(2012.12.19)
従来の稲わら畳床 スタイロフォームの畳床 インシュレーションボードの畳床 (2012.12.20)
畳表は井草(イグサ)を編んだゴザを畳床の表側に巻いた仕上げ材です。
現在畳となっている井草は8割が中国産で国内産は2割となっています。
国内産の畳表はかっては岡山(備前)産が多くありましたが、現在は熊本(肥後)産が多いようです。(2012.12.21)
値段も一枚4000円〜20000円位開きがありますが、井草の密度、編み方、芯となる糸の本数など違いがあります。
先日ある家庭のお座敷の畳表を変え、熊本産「ひのさらさ」を使いました。
本物の畳表で空間が引締まりました。(2012.12.22)
中国産の畳表は農薬と緑の色を出すために染料が使われていますので、アトピーなど健康に注意されている方にはお薦めできません。
また畳は必ずダニがわきます。設置して半年ほどでダニ数はピークになりその後8割くらいの生息数で維持されます。(2012.12.23)
私は健康に注意される方にはダニの生息しにくい和紙製の畳表を薦めています。
農薬のかからない、健全な井草が手に入らなくなった現在これもありかと思っています。(2012.12.24)
畳も田んぼを中心とした農業社会に根差した材料でしたが、農薬や、機械化によってその根底から亡くなった材料とも言えます。(2012.12.25)
畳縁は畳の長辺の角に巻く布を言います。
畳 いろんな種類の畳縁(2012.12.26)
種類もいろいろあって、単色の物から柄もの、素材も綿、麻、ナイロン、ポリ、綿ポリ、などいろいろあります。
昔からある最上の畳縁は黒(紺消し)の麻製だそうですが手に入りません。(2012.12.27)
私は以前は黒つや消しの綿製にこだわっていましたが、綿は繊維が弱く早く悪くなるようで最近は綿ポリの黒つや消しか、
和紙製の畳を使う時は畳表の色が変わりませんので畳表と同色のペットボトル再生品のポリ繊維製品を使うこともあります。(2012.12.28)
柄物は私は基本的には使いませんが、クライアントの希望があれば選択する事もあります。
仏間には宗派によって柄が決まっているとの話を聞いた事もありますが詳しくは知りません。(2012.12.29)
畳縁のない畳を「縁なし畳」「琉球畳」「野郎畳」「坊主畳」などと言います。
縁なしの時は畳表も普通の編み方と違いますし加工も機械ではできないそうで手編みになるので高くなると聞いています。
琉球畳(2012.12.30)
半帖の琉球畳敷きはモダンな空間にも違和感なく使う事が出来るのですが、半帖でも一枚分のコストがかかりますので高価な物になります。
モダンにまとめた和室の琉球畳 天井ルナファーザーの上ペンキ塗り、一部タモ合板張り(2012.12.31)
紙 (かみ)
建築で使われる紙は、壁紙、襖の紙、障子の紙が代表的だが最近は木造住宅の屋根や外壁の透湿性を持たせた防水紙も良く使われる様になってきた。
今回は代表的な壁紙、襖の紙、障子の紙について書きます。(2013.1.1)
壁紙 (かべがみ)
最近壁紙と言うとビニールクロスが多くなって紙製の壁紙は少ない、しかも本来の壁紙ではなくビニールクロスの様だが紙製にした物になっている。
ビニールに比べて透湿性があり、静電気も持たないので汚れにくいのだが、貼る時の伸び縮みが大きいので施工しづらく繋ぎの隙も空きやすい。
以前にはビニールクロスが好きでない私は替りにこの様な壁紙を使った時期もあったのだがトラブルも多く使わなくなった。(2013.1.2)
本来ヨーロッパで使われた壁紙は日本の襖に使われた様な版木で模様を押された壁紙が使われていた。
恩師志水正弘先生が設計された熱海の旅館 蓬莱の 別館 Villa Del Sol の食堂は紀伊徳川家の私設の図書館として使われていた建物を
移築したもので現在有形文化財となっている、そこで使われた壁紙は本来の版木で押された壁紙で本物の趣がある。(2013.1.3)
Villa Del Sol の食堂(2013.1.4)
ヨーロッパから取り寄せたもので普段私たちが使える物ではないが、京都 唐長の襖紙と同じ様な雰囲気がある。(2013.1.5)
壁紙ではないのだが、私が良く使う壁天井のペンキ塗り下地に使うルナファーザー20という紙製のペンキ下地材がある。
紙の中に木チップを漉き込んで凹凸を持たせた75cm幅のロール状のクロスです。上部の和室の写真の天井でも使っています。
ルナファーザー20(2013.1.6)
耐震補強した和室の壁にも使った事があります。
既設の聚楽壁に色を合わせて塗ったら、ほとんど見分けがつかないくらいに馴染みました。
ルナファーザーの上に水性のペンキを塗ったものは給放湿性があって、静電気もなく意外に汚れません、
汚れた時はその上から水性ペンキを塗り重ねていくだけで下地のプラスターボードを痛めません。(2013.1.7)
ビニールクロス
私の嫌いなビニールクロスについてもなぜ嫌いか少し書いておきます。
まず石油から作られたビニールで給放湿性能が無く、大量生産大量消費される製品で10年に一度剥がして貼替える必要がある材料です。
下地に良く使われるプラスターボードは2回ほどの貼替えは可能ですが3回目の貼替えの時はプラスターボードからやり直す事になります。(2013.1.8)
(欧米の住宅は耐用年数が100年位あって、メンテランスの行き届いた家は新築より価格が高い物もありますが、
日本の住宅ははハウジングセンターに代表される様に耐用年数の設定は30年とされています、中古住宅は新築価格を上回る事はありません。
日本の住宅は、車や家電同様、大量生産大量消費されるものと考えられています。(2013.1.9)
しかしヨーロッパや京都を観れば分かる様に建築物は、100年単位で残る事で街並みや文化ができ、それがその地域やその国の歴史を創って、
観光へとつながる事を再認識するべきだと思います)(2013.1.10)
静電気を持ち年数が経つと埃が吸着され黒ずんできます。
繋ぎ目の糊や下地の温度差で結露を起こして何年かすると下地跡が現れてきます。
以上の様な理由で私の事務所ではビニールクロスを使ってきませんでした。(2013.1.11)
まあ一般的なマンションに良くある、床がビニールクッションフロアー、壁、天井がビニールクロスの家ではまるでビニール袋の中で生活しているようで
私には耐えられないのでやらない、と表現した方がもっと分かり易いかも知れません。(2013.1.12)
襖紙(ふすまがみ)
襖に使われる紙は一般的に鳥の子紙(とりのこし)と言われる紙が使われます。鶏卵の殻のような淡黄色からこの様に呼ばれているそうです。
昔ながらの雁皮・三椏・楮などの靭皮繊維を原料に手漉きの物を「本鳥の子」と言います。 (2013.1.13)
同じ様な材料で機械漉きの物を「鳥の子」と言います「本鳥の子」と比べて目が均質になってきます。
最近一般的に使われている襖紙は「新鳥の子」と言われ再生紙を混ぜた機械漉きで印刷まで機械で一貫生産されたものが多いようです。
「新鳥の子」の中でも質の高い物を「上新鳥の子」と区別して呼ぶこともあります。(2013.1.14)
i一般的な新鳥の子の襖 (私の事務所ではほとんど使わない)(2013.1.15)
「本鳥の子」「鳥の子」は無地でそれに模様を付けます。
京都の唐長などに伝わる木版画板に雲母を混ぜた塗料を載せ、手で軽くこすって刷り上げる、方法が本来の襖紙です。
なぜ雲母を混ぜるかと言いますと、ロウソクの明かりがゆらゆらとゆれ、襖の雲母に反射すると模様が浮かび上がってきます。
正に谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」の世界なのです。(2013.1.16)
本鳥の子の襖 (2013.1.17)
私の事務所では「本鳥の子」で紙と版木と模様の入れ方を指定できる、からかみ屋の「季寄せ」「雪月花」を使っていますが、
季寄せ見本帳 紙の色と塗料の色の組み合わせ 柄の配置を選択できる。(2013.1.18)
先日恩師故志水先生が良く使われていた唐長さんに伺ってきました。
伝統の版木や模様など勉強させていただき何時か使えれる日が来る事を期待しています。(2013.1.19)
村野藤吾先生が唐長の蔵より探された「縮緬縞」(ちりめんじま)の版木(千代田生命ビルで使用) (唐長さんで頂いた本より)(2013.1.20)
建築雑誌では和室のある住宅は最近ほとんど載らなくなり、子育てをする家も減って、夫婦のみの住宅が増えています。
そんな中でも私の住む名古屋圏ではまだ子供や、親と同居する家も多く、和室を持つ住宅も良くあります。(2013.1.21)
洋間の中で和室のみ従来の伝統ある和室にすると、そこのみ分離された異質の空間になります。
他の部屋と一体感のある和室を私はめざしますので、
私が設計する和室の襖は枠も洋間で使うタモの白木で引手も掘り込みとする事が多くなりました。
掘り込み引手でデザインした本鳥の子襖 掘り込みの詳細 雲母の塗料の模様がうっすらと見える
洋間と連続して使う時に一体感を持てる和室を作るのは工夫が必要だと思います。(2013.1.22)
洋間と一体感のある和室を創るうちに、和室とはと考えると、畳と引き戸のある部屋という結論に私は達しました。
逆に考えると 畳と引き戸があれば 洋間の材料で数寄屋の部屋さえ創る事も可能であると考えます。
(まあ、数寄屋の定義にもよりますが、利休の自由な発想が生きていた時代の数寄屋を私は理想としています)(2013.1.23)
少し数寄屋の事についてわき道にそれます。
最近恩師故志水正弘先生の資料を整理する機会に係り、私も数寄屋について考える機会を得ています。(2013.1.24)
室町時代の書院からそのルーツは発して、特に千利休に代表される茶の文化の影響を受けて生まれたものと思われます。
志水先生は、「建築文化は権力者による権力を表現した建物が多いのだが、数寄屋は反権力を表現した建築である」
また、「数寄屋と人間との関係は人間が主に、建築が従になり、真の意味で人間の側に主体性のある空間となった。
このことは数寄屋建築をひ弱な物にしてしまったが、人間との関係を断ち切れない人間性豊かな空間として今日に至っている」
と言われています。(2013.1.25)
千利休を少し勉強して分かったのですが、彼はまぎれもない芸術家であって、創造精神豊かな人であったと思われます、
またその精神は止まる事無く変化し続け、自分以外の発想も良しとできる大きさのある人の様に感じています。
今、千利休が生きていたら、形式にガチガチに固められ権力化されたピラミッドの現在の茶の世界を良しとされるのであろうか?
その当時の一般的な材料で作られた納屋の空間を理想として二畳の最小限の茶室を創った、千利休が今、生きていたら、
現在の数寄屋建築ではなく、もっと違った材料で、もっと違った空間を創った事だろうと、私は思います。(2013.1.26)
現在の数寄屋建築に対しては、千利休の自由な発想の精神から見てみると形式化し過ぎている様にも思うのですが!
それは今後の事として置いておいて、(2013.1.27)
現在残る数寄屋建築は、世界に誇れる日本の建築文化で、是非残さなければいけないものと私は思っています。
外人から見たら、チンケな様式の明治建築(日本の建築史としての価値はありますが、外国でよく見るチンケな日本建築の様な
遅れた文化の国と思われてもしょうがない物まねの建物)を残して、
数寄屋建築や神社仏閣を壊していく日本の現状を理解できないのではないかと思います。(2013.1.28)
障子紙 (しょうじがみ)
障子は明かりを通し、光を拡散し、尚且つ視線を遮る事が出来る 繊細で多機能な建具です。
私は世界の中の建具でこれほど素敵な建具はないと思っています。(2013.1.29)
古くは「明り障子(あかりしょうじ)」と言い、「襖障子(ふすましょうじ)」と対比して使われていましたが、
襖障子を襖と呼び、明り障子を障子と呼ぶ様になりました。
この障子に使う紙を障子紙と言いますが、勝手は一般的に美濃紙が使われていました。(2013.1.30)
堀口捨巳 八勝館みゆきの間の障子(2013.1.31)
美濃紙は当初小判寸法(9寸x1尺4寸)が使われていましたが、江戸時代徳川御三家専用紙だった美濃判(9寸x1寸3分、273x393)が
明治時代に開放されて、この大きさが日本の紙の基本とされたそうで美濃判の二つ折りはB5サイズに近い寸法となります。(2013.2.1)
また、美濃判の縦横比は西洋の黄金比によく比較される日本の大和比(1:√2、1:1.41)になり、とても安定したバランスとなっています。
明り障子はこの紙のサイズに合わせて桟が組まれていましたが、この他にも大きなサイズの紙が明治以降生産される様になって様々な桟の障子が
生まれるようになりました。(2013.2.2)
茶室の障子に使われる美濃判の石垣貼り 村野藤吾 旧千代田生命ビルの障子 村野藤吾 志摩観光ホテルの障子(2013.2.3)
戦前では各家庭で年一度の大掃除に美濃判縦273mmのロール紙を使って張り替える習慣があったそうですが今では見かけません。
最近は破れにくく、変色しにくい、アクリルなどで強化された強化障子紙が良く使われます。(2013.2.4)
耐久性、耐候性、透光性も高い、955x30mのロールタイプ(1350x30mもある)ですので
幅が90cmの障子を一枚の紙で貼る事が出来ますので桟のデザインが自由になります。
昔の表具屋さんに「似て非なる物」と言われると思いますが、張替えの習慣のなくなった現在これもありで新しい障子がデザインできたらと考えています。
(2013.2.5)
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